ペラ・サヴァリアとのスイス演奏旅行('99.April 11&12) 99/09/14掲載

曲目
ペルゴレージ/コンチェルト第4番ト長調 (ヴァッサナー偽作?)
ヴィヴァルディ/モテット RV628 "Invict i bellate" (戦え、無敵の戦士たちよ)-アルト独唱のための
ヴィヴァルディ/モテット RV630 "Nulla in mundo pax sincera "(この世に真の平和はなく) -ソプラノ独唱のための
ペルゴレージ/スターバト・マーテル
演奏
ザードリ・マーリア(ソプラノ独唱)、ネーメット・ユデット(アルト独唱)
カペラ・サヴァリア(指揮:井﨑正浩)

 

昨年実現できなかった、ハンガリーの古楽器・室内オーケストラ"カペラ・サヴァリア#とのスイス2ヶ所での演奏会を行ってきた。僕自身古楽器の奏法は学んだことはあっても、実際に古楽器のオケと演奏するのはこれが初めて!大いなる期待と興奮で、旅行スタート前3日間の練習に臨んだ。

 なんと典雅で美しく、伸びやかさと自由さを兼ね備えているのだろう。メンバーが使っているのはオリジナルとコピー楽器の両方で混成オケだが、その奏法が常に一致しているために音には濁りのない美しさと、ヴィブラートは少なくても決して乾いていない潤いのある音色がある。そしてスタイルはその時代がそうであったような楽譜に縛られない、むしろ即興やその場のインスピレーションを大切にする包容力のあるものだ。とにかく気に入った!そして楽しんだ。

 ソリストの二人については、ハンガリーの音楽人に聞けば「"え~っ、彼女たちと一緒に演奏できるの!?」と羨望の声をあげられそうな実力の持ち主である。マーリアのほうはこの世界-いわゆるリート&オラトリオ-に欠かせないベテラン歌手(無理無駄のない細くしかし通る声!)、ユディットは今やバイロイトからもお声がかかるハンガリーきってのオペラ歌手(立派な?体躯から放たれる信じられないくらい息の長い豊かな声)。彼女たちとの共演もまた、音楽に対する新鮮なひらめきと、新たな可能性を与えてくれる。そう大切なことは素晴らしい共演者たちと出会って初めて作る事のできる、自分の予想をはるかに越えた新しい音楽性を追求できること、そしてそれができる喜びなのである。

 約15時間かけた一行とのチャーターバス移動、しかも朝6時にブダペストを出発するとあって、ハナから“ただただ退屈な移動”と決めこんでいたが・・・(*1)、旅の楽しみは車窓から広がる見たことのない美しい風景である(*2)。バスは途中Györ(ギョェ-ル)を抜けオーストリアに入り・・・zzz(途中眠りに入る)・・・特に休憩のため停車したザルツブルグ近くのモーターレストランあたりの景色には息を呑んだ。雪を冠した山々、高い尖塔の教会を中心にして広がる赤茶けたレンが色の屋根の家々、こうした目にとびこんでくる色があたりの新緑とのコントラストに映えて、何と鮮やかなことか。・・・前から思っていたことだが、日本からは想像もつかない風景や町のざわめき、あたりの空気の温度やその匂いなどをこの身で味わい、そこに生活する人々と接することが音楽の表現にどれだけの影響を与えることか!
  着いたのが夜10時半充分過ぎる長旅だった。

 ローザンヌ市のはずれにある町Lutryのバッハ教会が最初の演奏会場。そこから数分も歩けばもうレマン湖である。この湖を見ると思い出すのが4年前のジュネーヴでのコンクール(*3)のことだ。その後の自分を取り巻く環境の変化を思うと感慨深いものがある・・・。この教会では年に何回ものコンサートが、1シーズンのシリーズ(abonnoment *4)として行われている。
会場は超満員、ハンガリー大使もいればこの街のの名士らしき人々も陣取り、地元ラジオの生中継のおまけ付きである。

 いいコンサートというのは自分の力以外の何かの助けによって、自動的に作り出される・・・という経験をこれまでも数回味わったが、まさしく今回もそれで、演奏中に自分の腕が無意識のうちにどんどん動いていって音楽と一体になり、どのパートの音もとてもよく聞こえて、頭はすっきり、でも体は熱くという状態だった。二人のソリストは持ち味をいかんなく発揮し、オケも練習中には見られなかった即興的で“オシャレ”なアゴーギクや繊細なピアニッシモを作りだし、僕も本番のこの会場でしか作れない“間”を作り出すことができた。"スターバト%マーテル」という楽曲にこめられた深い宗教的な背景と音楽が醸し出す雰囲気が、この響きの豊かな会場(それも教会!)だからこそ作られたのだ。
  演奏が終わってメンバーの一人一人と目を交わすと、みんなが同じ満足な目をしている。それぞれがそれぞれの仕事を全うし切った心地よいこの満足感は、不思議と分かり合える友情と、またこれからの共演への期待を約束してくれるようだ。

 さて、1日目の演奏があまりにもよすぎると、その後の演奏でそれ以上を目指すことはとんでもなく困難に思える。特に最初が教会だったのに比べ2回目が大学の講堂とあれば、宗教音楽の演奏という意味からしても前者のシテュエーションに軍配を挙げざるを得ない。本番前のなかなか盛り上がらない気分を前に、同じプログラムで何度もいろんな場所で公演を行うことの難しさを痛感した。(よそのオケや指揮者はどうしているのだろう?)

 ところがである、演奏を始めるにあたって無理にでもテンションを高めていこうとした矢先、それがただの思い過ごしに終わることにすぐ気づいた。音楽にのみ没頭することはいかに余分なことを忘れさせてくれることか・・・しかもそれだけの魅力がこの曲とこのオケのアンサンブルにあった! 前半の3つの曲が後半のメインに向かって徐々に加速をつけるように盛り上げられて、そしてそのメイン曲は楽譜がそうであるように無駄が省かれ、精妙にしかし大きなスケールで作り合うことができたと思う。終わってお客さん方の熱狂的な拍手が、とてもすがすがしかった。うれしかった!

 初めてのスイス演奏旅行、初めての古楽アンサンブル、初めての楽曲と初めてずくしであったが、確かな実感と記憶を持つことができた。こういう演奏があるからこそ、またいい演奏ができること目指して続けていくことができるように思う。また努力しなくちゃ!!

-------------------------------------------------------------------

*1:この2年前ハンガリーのオペレッタ団体「ハンガリアンスターズ・オペレッタとドイツ旅行を行った。毎晩違う土地・会場で公演(カールマン作曲"サーカス・プリンセス"伯爵夫人マリツァ)を行い翌朝はバスで移動の繰り返し。車窓の景色を楽しむべくもないハードスケジュールだったァ!

*2:同じく2年前のちょうどこの時期、熊本交響楽団とアメリカ演奏旅行を行った。最初の地モンタナ州を訪れた時も広大な大地かなたにある岩の塊だけででできたような山々を見て、大変な感慨を覚えた。

*3:1994年7~8月に開催されたジュネーヴ国際音楽コンクール"エルネスト・アンセルメ記念国際指揮者コンクールのこと。世界7ヶ所で予選があり、第一次審査参加が許可された25人の中に入る事のできた最初の国際コンクールの経験。ちなみにこの時の優勝者がアラン・ギルバート、参加者の中には現在活躍中の同門の友人、阪哲朗や曽我大介(敬称略)もいた。

*4:我々のコンサートの他に、ベルン・バッハゾリステン、バウムガルトナー指揮・ルツェルン祝祭弦楽アンサンブルの名があった。